いくの細道

松尾芭蕉に怒られそう。

今年も終わるが、終わったところで何も変わるわけではない。
んが、なんだか師走というのは何かが変わる感じがして好きだな。
変わらないのは解ってるんだけど、それでも何かが変わりそうな予感を常に抱いてしまう。

1年の節目って奴だけど、あんまり過去を振り返っても節目になったためしがない。

では、今年は節目なしで。
つるっとしたので行きます。

2年ぐらいを一パックで考えてもいいんじゃないかな。
「今年正月あるんだっけ?」
「ううん、今年はスルー年」
何つってね。なんもなく過ぎるの。
16月12日なんて言ってね。

盛り上がるでしょー24月31日は。ほとんどおやすみだろうね24月中は。
ウルトラ大晦日なんて言ってね。よく頑張ったなんて盛り上がるのよ。
紅白も24時間。24月だけに。
サブちゃんトリまでもつか!なんて言ってね。
最後は「サライ。」
サブちゃんの歌歌わせてもらえないから。みんなで大合唱。

ゆく年くる年なんて2年分だから、画面真っ暗。何にも見えないのもう。声も聞こえない。
お坊さんの鐘つきも気合が入りすぎちゃって、108つもたずに鐘割れちゃったりして。
ああ、違う2年分だから216だ。だから早いの打つのが、8ビート。
お坊さん上半身裸、ヘッドパッキング。
参拝客も自然と体がゆれちゃったりして。
「坊さーん!」なんて声かかっちゃって。
「あいしてるぜー」なんていっちゃって。
煩悩丸出し。

20月は「はたちがつ」と読みます。

この1年があまりにもあっという間に過ぎたのでこんな妄想を描いてます。


師走に2つ芝居がありました。

1つはジャムジャムホリデーVOL3
「戻り川ハイツ303号室」

ご来場いただきました皆様ありがとうございました。

ものすごく遅いですが御礼を申し上げます。

笑いの中にほのかに漂う寂しい女2人芝居を目指したのですが、中々やはり苦労の耐えない公演でした。遅くなりましたが後ほどゆっくりしたためることに。

そしてついこの間、映画を撮ってきました。今度は役者で。何かまた僕の小さなバケラッタ魂に火をつけてくれた撮影になりました。
来年ちょっと役者もやっていきます、行くんです。

こちらも心境など細かい事は後日。

とにかくこの節目、何とか節目とするために、来年は「未後悔。」というテーマで行きます。

迫り来る老いと戦うためにはこの気持ちだと気がついた今、薄ら笑いが止まらない。
[PR]

# by biritake | 2007-12-27 23:28  

罪のない罪と罰

無邪気という言葉がある。
邪気がないというが、本当にそんなことがあるのだろうか。
少なくとも物心がついた頃からの私は、邪気の塊だった気がする。

物心つく前の頃にしか無邪気という言葉は当てはまらないような気がする。

一人寂しく歩く事によって、親の愛を確認しようとした事は数知れず、それが行き過ぎて迷子になった事も数知れない。

困らせる事によって何かを確かめる時、決まってそ知らぬフリをしていた。
それは振りであり、子供ながらのあざとい計算だった。

気に入らない奴が、かくれんぼしようぜーなんて皆を集めて、遊び始めた時も、タイミングのいい、一抜けた攻撃で、そいつのイニシアティブを叩き壊した事もある。

当時流行っていたロボットマンガに出てくる剣を、拾ってきた木で珍しく上手に作ったときも、近くに住む手癖の悪い友達にそれを見せびらかし、そいつの目がほしそうに、鈍く光るのを楽しんでいた事もある。案の定その剣は盗まれた。

無邪気なフリをしてれば喜ばれる。可愛い奴だと思われる。

いつしかそれが出来なくなったときがある。可愛い自分でいられなくなる。何もかもに臆病だった僕は、大人に喜ばれる為の笑顔さえ出来なくなって行った。そこにまつわる邪気に絶えられなくなったのかもしれない。

この世の中に邪気のないものなどないのだ。

だから、赤ん坊がお乳を飲む姿や、小さなことで笑う姿に、心が癒される。

物心がつき一人で歩き出した時から人は邪気をまとわなければ生きていけないのだ。

ある時テレビを見ていたら、外国で子供たちが可愛がっているカエルのレースがあった。子供たちの手塩にかけたカエルを持ち寄り、レースをするのだが、ある少年は、スタート直後2回ほど跳んだカエルを突然踏み潰した。開場は悲鳴に包まれるが、そこには無邪気に笑う少年がいた。あのときの彼の笑顔は、本当に邪気がなく、子供が邪気の塊である事を証明していた。

彼は人のもつ裏腹な心を見事に表現して見せた。

そういう意味で彼は無邪気だった。

ねたみ、そねみ、隣の芝は青いのだ。

そんなことは考えてはいかんのだと、理論で武装し、不感症を装っても、人の持つ根源的な邪気は拭い去る事はできない。

大人になり、社会に加わると、全てはおぞましいほどの邪気に包まれる。

そんな邪気をあからさまにぶつけられた時、僕の中の邪気は、激しい闘志に包まれる。

邪気の暗い海の中を、冷たい輝きを放つ社会のルールにしがみつき、何が正しいのか思い知らせてやるという闘志が燃えてくる。

子供のような大人だらけのこの世の中で、無邪気を装う人間ほど信用のならないものはない。

誰もが幸せになる為には、不幸せな人間が必要になる事に気付く邪気が必要なのだ。

不慮の事故があり、不幸なことで死んでしまう方がいるから、今の自分の幸せがあるのだ。

そのことに目をつぶらない邪気が必要だ。

いつか自分が不幸な目に会っても、それが誰かの幸せになるのならばそれは幸せなのだとは決して思わない強い邪気があるのならば、幸せになれるのかもしれない。

もっともそんな幸せなら。いらないけどね。

邪気溢れる。日記となりました。

ねっとりとした夜の罰が下るでしょう。
[PR]

# by biritake | 2007-12-11 00:22  

片付けられない想い出を

片付けられない人がいる。
何を隠そうこの私もその一人。
なんだかんだ気がついたら、まわりがとっ散らかっている。
昔からそうだ。
とっ散らかってる勉強机を見て、片付けろ!とひつこく叫ぶ母に「これは僕にとっては片付いているのだ。」と言っても認めてはもらえない。しぶしぶ片付けると、案の定自分がどこに何をしまったのかわからなくなってしまう。
同じ物を同じ所に片付ければいいと言うが、果たして耳掻きは文房具なのか、いや生活雑貨だろ、生活雑貨って何だ、爪きりなどと同類のはずだ。ポケットティッシュは爪きりと同類なのか、リップクリームはどこだ、おまえは誰だ。
教えてあげよう。確かに机の上は散らかっているように見えるが、そこには全て想い出のまま止まった時がある。なぜここに無造作に定規が転がっているのかというと、あの時、小道具を作ってる時狭いところにガムテープを張るのに必要だったのだ。そうなのだ、あの時確かに小道具を作ったのだ。ああ、そしてあの芝居は初日がうまくいかなくて、苦労したのだ。そうだ、久しぶりにあいつに電話してみよう。驚くだろうな。アドレス帳は・・・そうだ、バイトの面接に行ったときに持っていったから、あのかばんだ。あのバイトは暗いところだったから間違いなくことわることになるな、面接官の、暗い顔と薄い陰がなんとも憂鬱だ。あんなとこで働くとああなるのかと思うとやってられない。断わろう。電話しなきゃ。
手帳を開くと昔書いたネタがあった。面白いじゃないこれ。今度何かに使おう。この名刺誰だ?
ああ、グラフィックのデザインしてたって言ってた、あのひげの人だ。酔っ払ったなあのとき。
焼酎を飲みすぎたんだ。安い焼酎。4リットルとか入ってる奴だ。2度と飲むもんか。あの人はいい人だけど、思い出すとあのときの焼酎とその人の家の倉庫になってた風呂場が思い浮かぶ。
フロどうしてるのか、聞けなかったなぁ。
とりあえず電話するか。

とこうなる。これはドンドン続き、僕の記憶の再確認となる。これではもちろん片付くわけがない。

ある脳科学者が言っていた。
片付けられない人は、脳の中の整理に忙しい人なのだと。
僕はまさにそれ。
無造作に置かれたものは全て無意識の意味があり、生活の流れがあるのだ。

春に芽吹き、夏に咲き誇り、秋に実を付け、冬に枯れ落ちる。
落ちた葉には、意味がある。
そこの木に葉を開き、枯れて、無意識の風に舞い、そこに落ちる。
落ちた葉はやがて朽ちて、栄養となり、新しい命の糧となる。

美しいと思わないか。この歴史の重みと意味を。
掃除をしてしまってはそこに意味などなくなってしまうではないか。
だから僕は片付けないのだ。
歴史をゆがめる権利は誰にもないはずなのだ!

いいから片付けなさい!

母の声が聞こえた気がした。
[PR]

# by biritake | 2007-12-07 00:31  

カオス

最近某都会にいる。
一人フラフラ歩いてた。
人の波が激流のように流れている。
視線を外せばすぐに人が迫ってくる。
まるで回遊魚の群れだ。
いかがわしげな黒人が車の陰でコソコソしてる。
いいのか悪いのかわからないヒップホップが大音量で流れてる。
悪そうな奴が悪そうな雰囲気で悪そうな財布を広げ悪そうなものを悪そうな奴に渡してる。
誰かが奇声を発し。眠そうなフリをした女が強そうなフリをした男としたり顔で歩いてる。
オダユウジがちょんまげ姿で描かれている。
奇抜な食べ物をほおばり、携帯片手に馬鹿笑いしている、ジャラジャラ男。
エロショップに勇ましく飛び込むデブ男。
見下ろすようにそびえ立つビルの上では、勝った気でいる奴が米粒のようにうごめく僕たちをゴミのように思っているだろう。
昼間から光り続け、騒ぎ続け、人の気を引こうとしている。
言葉をかんだぐらいで馬鹿笑いされてる男の困ったような笑顔。
流れに逆らって悠々と泳ぐ家なきおじさん。

何かを待っている。何か起こるのを待っている。爆発するのを待っている。奇声を発するチャンスを待っている。血を待っている。

全ての欲望がぐるぐる渦を巻き、一塊になってこね合わさり、どす黒い鉄板のような雲になり、流行のジャンクフードとなって、降ってくる。
道端にはつぶれたジャンクフードが混ざり合い、溶け合い、ドロドロになる。
次々に人々は足をとられる。
黒いきらきら光るブーツの女が足をとられ、溺れていく。
ジャンクフードの海の中で若者が遊び回る。
のんびり泳ぐ家なきおじさん。
それでも傘を差し、営業に回るサラリーマン。

辺りには蒸したようなにおいが立ちこめる。

ジャンクフードの雨はやまない。
やがて限界を超えた人々が次々倒れて、ジャンクフードの海に沈んでいく。
救助に訪れた救急車も行く手をさえぎられ、またたく間にジャンクフードの海に飲まれていく。
踏み込んだものを全て飲み込んでいく。

やがて静寂が訪れ、音も消え、日も暮れる。

欲望の消えた都会は一気に腐り、建物が砂になり、風に舞う。
やがてジャンクフードの海は砂に飲まれ、広大な砂漠になる。

この町に想い出のあった人々は泣き崩れ、怒りを人にぶつける。
全てを人のせいにする。金を出せという。被害者になる。全ての人が被害者になる。
いじめっ子は消える。全ての人がいじめられっこ。
いじめたのは誰だ?
いじめたのはどこにいる。
昔いじめたのはどこにいる。
いじめっ子の会シンポジウムはいつも中止。客席はいじめられ子で超満員。無遠慮な怒りの目を舞台に向ける。誰もこない舞台に向ける。

いじめの仕返しはいじめですかどうですか?

都会だった砂漠にはもう、露天が出てる。
[PR]

# by biritake | 2007-11-29 01:45  

地球が昇る

かぐやが月へ。

月を調べる衛星かぐやが月から地球が昇る姿を送ってきた。
何でいまさら月なのか。
調べたら、この月から地球が昇る姿を撮るのも任務らしい。

まるでジャガイモから絞られた一滴の汁みたいな映像だけど、月の寒々しさはとっても魅力だ。

月がどうやって生まれたのか、月の起源をもっと詳しく調べ、それを元に地球を知ろう何て事らしい。

ついでに竹取物語。
光る竹を切ってみると中から3寸の子供がいて、育ててみたら3ヶ月でとっても美しい娘になった。半年でものすごい老婆になったなんて落ちじゃなく、何人かのお金持ちに求愛される。しかし無理難題を吹っかけて彼らを退け、やがて月からの使者に連れられ、月に帰っていく。

中々ぶっ飛んだお話で、すくわれない謎を秘めた話だけど、魅力に溢れている。
一体かぐやは何のために地球にいたのか。しかも竹の中に。

竹が好きです。
真っ直ぐに生えようとするあの気概。なのに中は空洞。肌はつるつる。薄い髪の毛。髪の毛?
なぜかとっても幻想的な静けさのあるあのたたずまいがすきです。

幼稚園の頃住んでいた横浜の地で、大家さんの家が、なぜか谷底のようなところにあり。降りていく九十九折の道に竹が生えていた。昼日中でも薄暗くなるその竹の道がとっても好きだった。
今考えるとなんとも風情の溢れる場所に住んでいたものだ。
大家さんの顔は覚えていない。竹取の翁のような顔だった事にしよう。

都内某所でライトアップされた竹を見てその頃を思い出した。

月明かりの夜、光と影に揺れる、どうしようもなく幻想的な竹に囲まれ、月には竹が生えてるに違いないと考えた。そこに光る竹があり、月の子供がいた。月では竹から子供が生まれるのだ。
求愛の意味などかぐやにはわからなかったのかもしれない。

月に帰り竹に囲まれ、かぐやは地球を想う。
もうすぐ昇る雫のような地球を見て。
[PR]

# by biritake | 2007-11-26 01:50  

カリフォルニアの寂しく青い空

パソコンネットが復活です。

ないうちは不便だななんて思っていたのに、復活したらしたで結局何やったらいいんだろ何て思っちゃう。
不便というストレスの解消グッズなんだなネットは。
そんなこと考えながらブログ復活。

ここには、基本思いついた事書いていこうかな、近況報告は後回し。

冬が近づくと、おんぼろアパートで暮らしてた日日を思い出す。
隙間風が吹いて息が白くなるおんぼろアパートに10年以上暮らしていた。
木造2階建てフロなし4畳半。共同玄関、共同トイレ、共同洗面所、ねずみつき2万7千円という物件だ。
名を若竹荘という。
どこを見渡しても竹なんか使ってないんだけど、眉間の縦皺がまるでフォッサマグナのような大家さんは、「この柱はね、ヒノキなのよ磨けばねピカピカに光るの。」と言っていた。
ためしに部屋にある柱を磨いてみたが、一向に光る様子はない。大家さんが磨いてるのも見たことがない。
つい最近ふと気になって、近くを通りりかかったので、そのアパートを観にいった。
アパートを出て既に数年。そこには立派なマンションが建っていた。意味のわからないカタカナで綴られたそのマンションは、若竹荘時代に、住みたいと憧れていたマンションに似ていた。

当時隣には古い一軒家が建っていたがそこも更地になっていた。
その一軒家はいつも人の気配がなかったのだが、たった1回だけそこに住んでる人を見たことがあった。そこにはものすごく顔色の青ざめた男の子が住んでいた。顔色に合わせたような薄いブルーのワイシャツを着こんだ彼の目は、現実を一切映してはいなかった。困り果てたような母親とうつむき加減に出かけていく姿をたった1度だけ見かけた。

あの親子の結末を知りたく、更地を掘って見たい衝動にかられたが、やめておくことにした。

ぼやがあり、泥棒があり、オウムがいて、空き部屋の押入れでクロネコが子供を生んでいたというような数限りないエピソードを遺したその若竹荘にある日、フラメンコダンサーが住み始めた。
いつも窓の外に干してある派手な衣装がフラメンコの衣装のような気がして勝手にフラメンコダンサーと決め付けていたのだが、こんなおんぼろアパートに女性が一人で住んでいるというのは小さな衝撃だった。

ある夏の日、アパートの1階に暮らすそのフラメンコダンサーの部屋の前を通り過ぎる時、開け放たれた窓の向こうにに、ランニングシャツを着た白人が座っていた。団扇片手に「ハーイ。」と自慢げに胸毛を見せびらかしながら挨拶してきた。
まあ、そうだろうなと心の中で少し安心した。

彼はカリフォルニア人だった。

ある日銭湯に入るため全てを脱ぎきったそのときに、彼は話し掛けてきた。僕は真っ裸、彼は服を着た状態の中、タバコを勧められ「僕はカリフォルニア人です。」と教え込まれたような日本語で話し掛けてきた。まるでカリフォルニア人に裸にひん剥かれたような状態でタバコを吸ってることに耐えかねた僕は話もそこそこに脱衣場を抜け出した。寂しげな彼の顔が、少し頭の隅をよぎったが、他の誰かにしてくれと願う気持ちで浴槽に浸かった。

その後彼とは1度も銭湯で会わなかった。

そのときのことが頭に残り、今度はちゃんと話をしようと思っていたのに、彼がいなかった頃、決して空けられることのなかったフラメンコダンサーの部屋の窓も、やがて開く事はなくなり。フラメンコの衣装も消えた。

彼の寂しげな横顔だけが記憶に残った。

こんなおんぼろアパートに住んでいるというコンプレックスから、周りの人たちとはちっとも仲良くなれなかった。周りの人たちもそう思っていたに違いない。
けれどカリフォルニア人には理解できない気持ちだったのかもしれない。

窓際に座り眺める東京の小さな空は彼の目にどう映ったのだろう。

あのときの彼の目は空のように青かった。
[PR]

# by biritake | 2007-11-18 23:35  

始まった

12月、あの女たちが帰ってくる。
師走の忙しさの中、秋葉原の片隅で、あの女たちが物語をつむぐ。
作は僕。
今回は3人だけで作り上げる。

ジャムジャムホリデー。

あけすけにののしりあう男と女。

なんか男と女なんか超えて、メン、アンド、ウーマン。

芝居を見上げる慎み深き子羊たち。

神よ、仏様よ、どうかすばらしき物語を罪深きわれら、メェー、アンド、ウーマンな子羊に与えたまえ。メェー。

今は祈ります。体にまとわり付く希望のオーラを現実にするべく、やさしくそっと語り合う。
今はまだ壊せない。
あせってはだめ。
今はダメ。

降りてくる物語をそっと受け止める。

それぐらいがちょうどいい。
[PR]

# by biritake | 2007-09-13 21:29  

久しぶりだな。

家のパソコンが一身上の都合により現在使用できなくなり。生まれて始めての漫画喫茶からの書き込みです。

凄いことになってますなー今は。

おちつかねぇ。

今の私は今までのツケを払うべく、この夏の猛暑のように労働にいそしんでおりますです。
けじめをつけようという自分のテーマもあって、今は全く芝居から離れた生活を送っています。

これがなかなか心地いい。

どれだけ離れれば芝居のことを忘れるだろうと試しているだが、全然離れてくれない。
身に染み付いているんだな。

その代わり、どんどんいろんなことが見えてくる。

自分にとって芝居は本当は何なのか。もう少しで見えてくる間違いない。

それをつかんだとき新しいスタートが始まるのかもしれない。

今はただ、この10年の出来事を静かに振り返っている。そんな真夏なのでした。
[PR]

# by biritake | 2007-08-11 21:23  

ユニコーン

仕事中、なんだか無性にユニコーンの「服部」が聞きたくなったので慌ててCDをひっくり返して聞いたら、いわゆる青春時代にプレイバックしちゃった。
汗臭く、なんだかパンパンだった頃。
胸がきゅんとするかなと思ったがそうでもなかった。もう、ある意味折り返してしまった感じ。
何かこう、ブロック分けされてる。ああ、20代の身の程知らずのアイウォンチュー時代ね、ぐらいの感じ。身の程知らずのアイウォンチューって曲あったなそういえば。
どうも遠い過去と言うか、整理されてる感じだ。
いいも悪いもないね多分。そうなんだねーってとこだ。
きっちりおっさんになりたい。

無性にカツどんが食べたくなる時がある。
何かこう、マンガみたいに、かきこみたくなる。昔のど根性ガエルのヒロシとぴょン吉の喰いっぷりのようにあたりに撒き散らしながら食いたくなる。

無性に頭突きをしたくなる時がある。なんだかおでこの辺りがむずがゆくなる。そんなときは枕などにゴンゴン頭突きを食らわす。どうも角の名残がむずがゆいらしい。柱の角に小さく食らわすのもベリーグー。

無性に何かを転がしたくなる時がある。なんでもいい。そこらにある壺でもいい。まあ壺がそこらにあるかどうかは別にして、丸っこいもの。ちょうどいい坂道なんかがあったらストレートにボーリングの玉なんか転がしてみたい。ああ、すごい。

無性に寂しい時は、更に寂しくなってみる。窓辺でひざなんか抱えて座ってみる。
笑ったら負け。
電話はしない。おっさんだから。
[PR]

# by biritake | 2007-06-25 23:08  

心に染みる香り

いやー参った。
いろんな話が飛び込んできた。こりゃ大変。細かくは言えないけど、マアそれなりに大きな話ありの小さな話ありので、どうしましょ。
全部やるけどね。
どうなるかわからんが、やったる。なんかちょっとわくわくしてる。
どこまでいけるかな?まあ最後は漂ってやるんだけどね。
ちゃんと決まったら発表するので、待っててね。

最近暑くなってきたせいか、香水のにおいが目立つ気がする。

目立つ?鼻立つ?

まあいいや、結構みんなつけてる気がする?

つける?ふる?まぶす?着る?

まあいいや、どうなんだろ?香水率が増えている気がする。

今日もコンビニでバカみたいな顔して立ち読みしていたら、グサっと胸に刺さる思い出の甘い香りがしたので慌てて振り返ったら、ものすごいおっさんだった。

ものすごいおっさん?たいしたおっさん?どてらいおっさん?

まあいいや、青春を返してくれと叫びたかった。

自分の好きな臭いってみんなはっきりわかっているのかな?

まだ若くて純な頃、とっても好きな娘が居た。地元のちょっと大きめな本屋の文庫本コーナーで立ち読みしてたら、いい匂いがしてきたので振り返るとその娘が立っていて、なんだか慌てて立ち読みしてた恋愛ハウツー本をやめて、太宰治に読み替えた。

あのにおいはなんなのか、知るためにいろんな薬局回って香水かぎ回ったもんですよ。

ええ、まだ、キッスはレモンの味がすると信じてた頃のこと。

いまでもそのようなにおいがすると胸がキュンとなる。
キュンって。もうおっさんだからゴワーンとなるけどね。

においの記憶って色あせないものですな。

ほんの少しにおい出していくかな、僕も。
[PR]

# by biritake | 2007-06-16 22:14