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冷たい黄砂に打たれて

黄砂やら花粉やら、春はいろんなものが舞い始めますな。

「うわー、黄砂だ」や「花粉が今日はすごい」とかいつから言い始めたのかな。
かく言う私も、花粉が舞っているのは敏感に感じるらしく、田舎育ちの自慢の鼻も、永い都会暮らしのお陰でやわになってしまったらしい、たまに激しいくしゃみが出る。

空気は透明だと思っていた。すぐ側にあり意識しないでもいい存在だった。子供の頃はグランドの激しい砂埃に目がいたいなんて騒ぎながらも、小さな竜巻を追い掛け回していた。
たまに頭を掻くと爪に砂がは入り、爪に入りきれないほど大きなものがあったりしたら友達に自慢したりしたものだ。
その頃は自分を取り巻く空気なんて、何の意識もしていなかった。

少し汚いぐらいがちょうどいい。

自論です。

少しだけ。ちょっとだけ汚れと呼ばれるものを遺す。

ある本で読んだのだが、基本的に人は身体にいいんだと思えば何を食べてもいいのだそうだ。身体には本能的にいけないものを排除する力があり、より分ける力があるという。
自浄能力とでも言おうか。あるらしい。

誤解を恐れず言うならば、ちょっとお太りになっている方々も、ああ、これ食べたら太るなぁーなんて考えながら食べるから、逆に太るらしい。
痩せる、もうこれ食べたら絶対に痩せると思いながらケーキをばくばく食べるのもどうかと思うが、少なくとも何も考えないで食べるのがいいのではないだろうか。

そんじゃそんなこと考えてない太った犬や猫はどうなるんだ。

もちろん動く事もせず、目の前に美味しい食べ物を並べられ、食べたいだけ食べてたら、エビちゃんだって、伊勢エビちゃんになるだろう(あってるかな?例え)

そこにはどこか燃焼と供給みたいものが必要になるはずだ。野生の虎はいつもエビちゃんなように(あってるのか?)やはり適量のようなものが必要だとは思うが、少なくとも太るなーと思いながら食べるのは良くないのだ。人間は意志の動物なのだから。

だから、食べる時は、食べたそばから全てがきれいに消費され、血となり肉となり、風に消えるイメージが必要なのだ。栄養は身体を駆け巡り、脳を活性化させ、魂を燃やす。
常に燃え続ける魂は機関車みたいなもんで、ドンドン燃料をくべないと、止まってしまうから、食べて燃料を補給し、魂の溶鉱炉に投げ入れる。
だからホラ、そんなに食べたら、まだホラ、燃料残ってるから、ホラ、置き場がなくて、ホラ外にはみ出して、あごの下にドーン!って。

とにかくそんなイメージを持つことが大事。

知りすぎたために排除し続ければその分人の潜在的な能力は下がっていく。

自浄能力を無くした人間はいつか無菌室でしか暮らせなくなるかもしれない。
そこでは、はっきりとした味さえも耐えられなくなった人が無味乾燥なものを食べなくてはならなくなる。

外は黄砂の白い雨。

あえて傘を差さず、ずんずん歩く。
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by biritake | 2008-03-04 23:36