<   2007年 11月 ( 3 )   > この月の画像一覧

 

カオス

最近某都会にいる。
一人フラフラ歩いてた。
人の波が激流のように流れている。
視線を外せばすぐに人が迫ってくる。
まるで回遊魚の群れだ。
いかがわしげな黒人が車の陰でコソコソしてる。
いいのか悪いのかわからないヒップホップが大音量で流れてる。
悪そうな奴が悪そうな雰囲気で悪そうな財布を広げ悪そうなものを悪そうな奴に渡してる。
誰かが奇声を発し。眠そうなフリをした女が強そうなフリをした男としたり顔で歩いてる。
オダユウジがちょんまげ姿で描かれている。
奇抜な食べ物をほおばり、携帯片手に馬鹿笑いしている、ジャラジャラ男。
エロショップに勇ましく飛び込むデブ男。
見下ろすようにそびえ立つビルの上では、勝った気でいる奴が米粒のようにうごめく僕たちをゴミのように思っているだろう。
昼間から光り続け、騒ぎ続け、人の気を引こうとしている。
言葉をかんだぐらいで馬鹿笑いされてる男の困ったような笑顔。
流れに逆らって悠々と泳ぐ家なきおじさん。

何かを待っている。何か起こるのを待っている。爆発するのを待っている。奇声を発するチャンスを待っている。血を待っている。

全ての欲望がぐるぐる渦を巻き、一塊になってこね合わさり、どす黒い鉄板のような雲になり、流行のジャンクフードとなって、降ってくる。
道端にはつぶれたジャンクフードが混ざり合い、溶け合い、ドロドロになる。
次々に人々は足をとられる。
黒いきらきら光るブーツの女が足をとられ、溺れていく。
ジャンクフードの海の中で若者が遊び回る。
のんびり泳ぐ家なきおじさん。
それでも傘を差し、営業に回るサラリーマン。

辺りには蒸したようなにおいが立ちこめる。

ジャンクフードの雨はやまない。
やがて限界を超えた人々が次々倒れて、ジャンクフードの海に沈んでいく。
救助に訪れた救急車も行く手をさえぎられ、またたく間にジャンクフードの海に飲まれていく。
踏み込んだものを全て飲み込んでいく。

やがて静寂が訪れ、音も消え、日も暮れる。

欲望の消えた都会は一気に腐り、建物が砂になり、風に舞う。
やがてジャンクフードの海は砂に飲まれ、広大な砂漠になる。

この町に想い出のあった人々は泣き崩れ、怒りを人にぶつける。
全てを人のせいにする。金を出せという。被害者になる。全ての人が被害者になる。
いじめっ子は消える。全ての人がいじめられっこ。
いじめたのは誰だ?
いじめたのはどこにいる。
昔いじめたのはどこにいる。
いじめっ子の会シンポジウムはいつも中止。客席はいじめられ子で超満員。無遠慮な怒りの目を舞台に向ける。誰もこない舞台に向ける。

いじめの仕返しはいじめですかどうですか?

都会だった砂漠にはもう、露天が出てる。
[PR]

by biritake | 2007-11-29 01:45  

地球が昇る

かぐやが月へ。

月を調べる衛星かぐやが月から地球が昇る姿を送ってきた。
何でいまさら月なのか。
調べたら、この月から地球が昇る姿を撮るのも任務らしい。

まるでジャガイモから絞られた一滴の汁みたいな映像だけど、月の寒々しさはとっても魅力だ。

月がどうやって生まれたのか、月の起源をもっと詳しく調べ、それを元に地球を知ろう何て事らしい。

ついでに竹取物語。
光る竹を切ってみると中から3寸の子供がいて、育ててみたら3ヶ月でとっても美しい娘になった。半年でものすごい老婆になったなんて落ちじゃなく、何人かのお金持ちに求愛される。しかし無理難題を吹っかけて彼らを退け、やがて月からの使者に連れられ、月に帰っていく。

中々ぶっ飛んだお話で、すくわれない謎を秘めた話だけど、魅力に溢れている。
一体かぐやは何のために地球にいたのか。しかも竹の中に。

竹が好きです。
真っ直ぐに生えようとするあの気概。なのに中は空洞。肌はつるつる。薄い髪の毛。髪の毛?
なぜかとっても幻想的な静けさのあるあのたたずまいがすきです。

幼稚園の頃住んでいた横浜の地で、大家さんの家が、なぜか谷底のようなところにあり。降りていく九十九折の道に竹が生えていた。昼日中でも薄暗くなるその竹の道がとっても好きだった。
今考えるとなんとも風情の溢れる場所に住んでいたものだ。
大家さんの顔は覚えていない。竹取の翁のような顔だった事にしよう。

都内某所でライトアップされた竹を見てその頃を思い出した。

月明かりの夜、光と影に揺れる、どうしようもなく幻想的な竹に囲まれ、月には竹が生えてるに違いないと考えた。そこに光る竹があり、月の子供がいた。月では竹から子供が生まれるのだ。
求愛の意味などかぐやにはわからなかったのかもしれない。

月に帰り竹に囲まれ、かぐやは地球を想う。
もうすぐ昇る雫のような地球を見て。
[PR]

by biritake | 2007-11-26 01:50  

カリフォルニアの寂しく青い空

パソコンネットが復活です。

ないうちは不便だななんて思っていたのに、復活したらしたで結局何やったらいいんだろ何て思っちゃう。
不便というストレスの解消グッズなんだなネットは。
そんなこと考えながらブログ復活。

ここには、基本思いついた事書いていこうかな、近況報告は後回し。

冬が近づくと、おんぼろアパートで暮らしてた日日を思い出す。
隙間風が吹いて息が白くなるおんぼろアパートに10年以上暮らしていた。
木造2階建てフロなし4畳半。共同玄関、共同トイレ、共同洗面所、ねずみつき2万7千円という物件だ。
名を若竹荘という。
どこを見渡しても竹なんか使ってないんだけど、眉間の縦皺がまるでフォッサマグナのような大家さんは、「この柱はね、ヒノキなのよ磨けばねピカピカに光るの。」と言っていた。
ためしに部屋にある柱を磨いてみたが、一向に光る様子はない。大家さんが磨いてるのも見たことがない。
つい最近ふと気になって、近くを通りりかかったので、そのアパートを観にいった。
アパートを出て既に数年。そこには立派なマンションが建っていた。意味のわからないカタカナで綴られたそのマンションは、若竹荘時代に、住みたいと憧れていたマンションに似ていた。

当時隣には古い一軒家が建っていたがそこも更地になっていた。
その一軒家はいつも人の気配がなかったのだが、たった1回だけそこに住んでる人を見たことがあった。そこにはものすごく顔色の青ざめた男の子が住んでいた。顔色に合わせたような薄いブルーのワイシャツを着こんだ彼の目は、現実を一切映してはいなかった。困り果てたような母親とうつむき加減に出かけていく姿をたった1度だけ見かけた。

あの親子の結末を知りたく、更地を掘って見たい衝動にかられたが、やめておくことにした。

ぼやがあり、泥棒があり、オウムがいて、空き部屋の押入れでクロネコが子供を生んでいたというような数限りないエピソードを遺したその若竹荘にある日、フラメンコダンサーが住み始めた。
いつも窓の外に干してある派手な衣装がフラメンコの衣装のような気がして勝手にフラメンコダンサーと決め付けていたのだが、こんなおんぼろアパートに女性が一人で住んでいるというのは小さな衝撃だった。

ある夏の日、アパートの1階に暮らすそのフラメンコダンサーの部屋の前を通り過ぎる時、開け放たれた窓の向こうにに、ランニングシャツを着た白人が座っていた。団扇片手に「ハーイ。」と自慢げに胸毛を見せびらかしながら挨拶してきた。
まあ、そうだろうなと心の中で少し安心した。

彼はカリフォルニア人だった。

ある日銭湯に入るため全てを脱ぎきったそのときに、彼は話し掛けてきた。僕は真っ裸、彼は服を着た状態の中、タバコを勧められ「僕はカリフォルニア人です。」と教え込まれたような日本語で話し掛けてきた。まるでカリフォルニア人に裸にひん剥かれたような状態でタバコを吸ってることに耐えかねた僕は話もそこそこに脱衣場を抜け出した。寂しげな彼の顔が、少し頭の隅をよぎったが、他の誰かにしてくれと願う気持ちで浴槽に浸かった。

その後彼とは1度も銭湯で会わなかった。

そのときのことが頭に残り、今度はちゃんと話をしようと思っていたのに、彼がいなかった頃、決して空けられることのなかったフラメンコダンサーの部屋の窓も、やがて開く事はなくなり。フラメンコの衣装も消えた。

彼の寂しげな横顔だけが記憶に残った。

こんなおんぼろアパートに住んでいるというコンプレックスから、周りの人たちとはちっとも仲良くなれなかった。周りの人たちもそう思っていたに違いない。
けれどカリフォルニア人には理解できない気持ちだったのかもしれない。

窓際に座り眺める東京の小さな空は彼の目にどう映ったのだろう。

あのときの彼の目は空のように青かった。
[PR]

by biritake | 2007-11-18 23:35