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また、暮れていく

今年も色々な事がありましたが、何とか無事に年の瀬を迎えられそう。
年をとってくると、生きていると言う事にナーバスになってくる。
来年5月までいろんなスケジュールで埋まっているけどそこまで生きてるのかなとたまに不安になる。そろそろ、カルビがきつい年頃になってきた。

そこであえて来年のテーマは「荒野へ」
うん、なんだろね、サボテンね、サボテンしか生えてないようなとこへね、行こうと。
わかるようなわからないような話だけど、ニュアンスとして、荒野へいきたい。
いじめられてる時のような絶望感を浴びて見たい。
もう完全にMだね。
様々な絶望感や、苦しみから自分がどう抜け出していくのか、見て見たい。
昔アメリカへ行った時、トッピングできるバイキング形式みたいなピザやへ、何でもチャレンジや!と英語もわからないのに飛び込んだが、その先のわからない絶望感に負けて何も買えず店を飛び出した。
負けたと思った。僕は絶望に負けた。
ことの大小はあるだろうが、いろんな意味で深い絶望から若い命を自ら落としていく子供たちがたくさん出た2006年だった。そんな2006年を何となくかわいそうだと無責任に逃れようとする大人たちにとって新しい年の始まりは、忘れてくれるんじゃないかと息を潜めて困難を逃れようとするには絶好のタイミングだろう。
思春期はほんのちょっとしたことで目の前が真っ暗になるほどの絶望に叩き落されるもっともナイーブで繊細な時期なんだと言う事は、みんな知っている事なんだ。人事ではないのだ。
絶望からの脱出方法をわが身に身に付け、荒野で頭を抱え震えてる思春期の若者に、「こっちだ。」と白い歯をキラリとさせながら、馬上から手を差し伸べられるタフでマイトなガイになるべく先の見えない荒野にたつ。

まずはパンツ1丁で。

いやふんどし1丁で。

サソリは大きらい。
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by biritake | 2006-12-30 23:07  

人の響き

昨日、「リメンバーミー?」で楽曲を作ってくれた石井里佳さんのライブを観に高田馬場に行ってきました。
とてもあかりのきれいなライブハウスで結構好きなところなので、ざるそばをかっくらい期待に胸膨らまし寒空の中向いました。
ライブハウスとざるそばは関係ないんだけど、なにを期待していたかというと、「リメンバーミー?」で書き下ろしてくれた「大丈夫。」という曲を歌ってくれるとの事。大好きな歌なのでどうなるのか本当に楽しみでした。
この「大丈夫。」という曲はリメンバーミー?の本読みを見ていただき感じたうえで書き下ろしていただいたもの。その日の夜に2曲作っていただきどちらがいいかと言われ、そのスピードの速さにおののきながら、こちらでお願いしますと決めた楽曲でした。
ギターと鼻歌だけのメロディーだったけど、すごく良くてこの芝居にピッタリとはまると直感しました。
そして出来上がりを聞いて更に驚き、本番の直前まで、オープニングとエンディングの両方に使おうかどうか悩んだほどでした。

そして今回初めて生でその曲が聴けるとの事。黙ってなんか居られません。期待に胸を膨らませながら次々に出演するほかの人たちの演奏を見ていました。

そしていよいよ石井さんの出番。石井さんのことを元気さの中になぜか少し小さな影を隠し持っていると感じていたので、ステージにおけるその華やかさにまず目を奪われました。

そして様々に景色の変わるその声と、やはり彼女の奥底に隠し持っている、怒りにも似たパワーのある声に打ちのめされ、仕事で疲れきったストレスだらけの体をすっかり洗い流してもらった。

今回やはり感じたのは、表現と言うのは響きあう人間達の体温なんだと改めて感じた。
分かり合い、響きあい、求め合う。そこの意識がひとつになったとき、大きなうねりとなって客を巻き込んでいく。それが表現なのだ。
そこには全ての条件が重なり合う、無意識の領域がとても大事になってくる。
気持ちいいとか、わかんねぇけど、なんかいい、みたいな。
そこんとこよろしく、みたいな。一般社会だったら、「どこですか?」と聞かれそうなところがとても大事なんだ。
音楽も舞台も同じ、驚かせー誘い込みー安心させー不安になりー混乱させーまとめる。見たいな流れが必ずある。素人ながらそれを感じた。

「大丈夫。」最高だった。舞台で聞いた録音されたものと違い生に溢れる元気感が迸っていた。
皆、それでも元気に生きていこうよと笑う石井さんのこぼれる笑顔に元気付けられ、今度は俺たちだと静かに闘志を燃やした高田馬場の夜でした。
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by biritake | 2006-12-20 23:07  

リメンバーミー?総括

この物語のモチーフは母の実家でした。
子供の頃毎年お盆になると親戚一同が集まった海の近くにある古い木造の大きな家が取り壊されると言う話を聞いたのが、この物語を書くきっかけになりました。

土間があり、蔵があり、離れがある、子供にとってはアミューズメントパークのようなものすごい家でした。当時から床が腐り始め、ぼこぼこしている事も子供にとってはたまらない魅力でした。
時は流れ、大人になり、疎遠になってしまったその家が取り壊されると聞いた時、忘れないでと叫ぶその家の声を聞いた気がしたんです。
僕はその家で親戚のきれいなオバサンの真っ白な胸を見て少し大人になり、子供の中の社会性を知り、孤独を知り、数々の遺影に人の歴史を知り、死を知りました。
子ども扱いする大人に苛立ちを覚え、大人たちに大人だと思われたくて痛々しい背伸びをしていた事を思い出します。

そんな家もなくなり、今はなぜかその家のにおいの記憶だけが強烈に残っています。
ネコにあげる煮干の匂いや、蔵や離れのかび臭い湿った木のにおいや、潮の香りの混じった便所のにおいや、近所のスーパー「みどりや」の甘い売れたフルーツにこぼしたラムネのようなにおいや、アサリの味噌汁のにおいが強烈に頭に残っています。

忘れないでと言う叫びが聞こえたそのときから、離れないにおいの記憶。

この物語にはそれをこめました。

俺はここにいると叫べない吾郎は隠れる事でその存在を示そうとしました。
消されてしまった男のあがきが、この物語を混乱に招きます。

なくしてしまった時に気付くのは自分が今ここにいるのだということだけかもしれない。

そんな思いが今はしています。
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by biritake | 2006-12-13 22:39  

初日があきました!

昨日つつがなく初日の幕が上がりました。
ご来場いただきました皆様誠にありがとうございます。
今日からさらに3日間気合入れていきます。
ご予約がおすみでない方もどしどしお越しください。

ちょっと天気悪いですが、新宿の片隅に夏があります。
ぜひ温まりにきて下さい。
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by biritake | 2006-12-08 13:51  

迫ってまいりました

いよいよ今週です。
昨日最後の稽古が終わりました。
皆、それぞれのテーマをもち、それぞれの集中の仕方で芝居に望んでいます。全ては繊細なバランスの上で芝居は成り立ってます。それぞれがそれを保つ集中力を高めようと必至です。
ある役者は目をひん剥いて、わけのわからない形で寝っ転がってます。

とってもいい芝居になりました。ぜひ観にきて下さい。
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by biritake | 2006-12-05 01:28