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また、やっちゃった

腰、やっちゃった。
腰ほどやっちゃったという言葉があう部位もないね。

腰を痛めてる人は皆わかってると思うけど、朝起きたら「あう!」と言ったきり動かなくなっちゃった。
あれほんとに「あう」って言葉が出るのね。
「のあ!」でもいいか。沖縄出身で腰を痛めてるひとは「あいやー。」って言ってた。
「あう。」と言ったきり動けなくなって、どの角度が楽か探すんだけど、探してる最中も痛い。
痛いっていうか恐い。ガバって抜けちゃうんじゃないかと思っちゃう。
何とか立ち上がって体を起こすんだけど、なんだかゆがんじゃう。テトリスのなんか横にずれて出てる奴みたいな、感じになっちゃう。ゆるーいSみたいな感じ。常に横に歩く人みたいな感じ。
常に横に歩く人はいないだろうけど、もし歩いてる人がいたら、きっとこんな形になるんだろうなと想像できる感じ。

一生もんらしい。2足歩行の弊害だろうな。重力がうえからかかってるからね、年をとるとしょうがないらしい。

人はもっと手が長くなればいいんだな。どうせ歩く時は振ってるだけなんだから、地面につくくらい長ければ腰にも負担がこないだろう。

一思いに4つんばいで歩けばいいんだよ、もう。手靴も作ってさ、ナイキが作るよすぐに。エアー入りのやつ。
あ、でも、やっぱり4つんばいじゃきついから、おなかにもう1つなんかかましてさ、スプリングつきの、衝撃を吸収する棒をさつけてさ、手とかと連動させればいいじゃない。

めんどくさいから頭もつけちゃうか、地面に。頭靴っての作ってさ、やるよライバル、アディタスが。でっかいの。ゴム臭のしない最新型エアーつき頭靴。

もう6つんばい。前見えねぇー。

んじゃ、あごにすりゃいいんだ。あご靴。やるよプーマが。カズが黙ってないよ。
ね、あごをこう、前後にうごかせばいいのよ。前も見えるしスピードもアップよ。
何歩歩いても絶対に脱げないあご靴。あごなしのあなたももう安心ダミーあご。
欲しかったあのあご靴もすぐにゲット!

握手は靴脱がなきゃいけないから、鼻でチュウにすりゃいいのよ。

そうすりゃなくなるよ腰痛。

ろくな事考えないな。

ああ、ちくしょ。腰いて。
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by biritake | 2006-08-25 01:54  

夏、日本の夏

いやー甲子園が面白い。

別に毎年見てるわけではないのだが、今年は、西東京大会の決勝、日大三校 対 早稲田実業の試合をたまたま見ていて、その試合が面白く、何となく応援していた早稲田実業が勝ったので、どうなってるかな?早実なんて思いながら見ていたら、これがめっぽう面白い。

逆転サヨナラ試合のオンパレード。ホームランはバンバン出るしで大変。

中でも、青森山田 対 駒沢苫小牧戦。
これはラジオで聞いていて思わず泣いてしまった。

そもそもどんなスポーツでも必ず流れと言うのがある。フットボールでも同じ
必ずいいときも悪いときもある。
だからその悪い時をどうしのぐのか、いい時をどう畳み込むのかで勝負は決まる。

これは芝居でもいえますね。

この対戦はその流れがめまぐるしく変わり、最後までわからないゲームだった。
ずーっとリードしていた青森山田に追いついた駒沢、その時はイケイケなのだ、しかしその表にまた突き放される。この繰り返し。8回に再度追いついた駒沢、しかし9回の表に1点を入れられ、盛り上がった気分にも冷たい水が浴びせ掛けられる。
流れは青森。しかしその裏、あっさりとホームランで同点、そして逆転サヨナラ。
素晴らしいゲームに場内の拍手がやまない。

いいスポーツの試合と、いい芝居とではどっちが感動出来るのだろう。

それだけではない。今日の準々決勝 帝京 対 智弁和歌山戦

図らずもまた泣いてしまった。

最終回、4点差をひっくり返し、逆に4点差をつけた怒涛の攻撃を見せた帝京。
その回だけで8点を入れる猛攻を見せた帝京にはもはやピッチャーが残されていなかった。
マウンドに上がったのは、高校では投げた事のないセンターの選手。
4点差の9階裏という安全圏も、高校初マウンドとあっては大きなプレッシャーだろう。
ストライクが入らずランナーを出してしまい。あっさりと3ランホームランを打たれ1点差。
1アウトもとれないまま変わったが後続の1年生も、その後のピッチャーもきっと言い知れぬプレッシャーにめまいを起こしていただろう。僕だったらきっとマウンドではいてる。
照り返す太陽、迫り来る応援。満塁で出た答えは、押し出しのサヨナラ。

最後にマウンドに立ったピッチャーたちのことを思うと目頭が熱くなる。

甲子園に行く為に死に物狂いで練習を重ねる彼ら。いろんな黒いうわさもあるが、すごい選手だと言われるプレッシャーだってあるはずだ。結果を高校生の段階で求められる。
過酷な世界だ。それを振り払う為、地方から買われてきた選手だろうがなんだろうが、死に物狂いで練習する。
それはそれはいいものだ。
しかも今回は監督の手を離れてしまったようなゲームが多い。

選手対選手。

それはそうだ、走ってきたのはかれらなのだ。

高校ではピッチャーの経験のない選手も、ピッチング練習をろくに出来ないでマウンドに上がる選手も全て自分達の力で戦うのだ。

9回のマウンドに上がった投手たちは泣きじゃくっていた。智弁和歌山の選手達は勝利の実感がわかないのか呆然としていた。

そう、まさしく彼らは高校生なのだ。

17.8年の人生で多大なプレッシャーにさらされてしまった悲しき投手達が、これからもすくすくと更に強い選手になって、野球人生を歩んで欲しいと願うばかりです
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by biritake | 2006-08-18 01:08  

少年老いやすく、ガクっとなりやすし

夢の壁にぶつかり、絶望感を抱いてる若者に会った。

夢を持つと必ず出会うね深い絶望に。

今でも時々会うよ俺。
メールしてくる、絶望が。
かえさないけどね、かといって拒否も出来ないんだけど。

熱い想いでね、信じるんですよ、若者は。
いつかは必ずってね。

あってんのよ、あってんの。間違いないの。それでいいの。

「甘くないよなぁー。」こぼしてたよ彼。
でもね、甘くもあるんだよ、この世界は。
「運なんだよなやっぱ。」悟ってたよ彼。
そうだね、そうだ。

後はねどれだけ好きかってことだよ多分。
それはね、力になる。
運には結びつかないけど。

力にはなるんだ。
好きでいられることが力になる。

ゴールがあるから絶望がある。

ゴールなんてない。

あったとしても、その先は絶望の暗闇だ。

もう寝なさい。
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by biritake | 2006-08-11 00:21  

あの夏の日がなかったら

高校野球をラジオで聞いていてふと気がついた。
甲子園ではいまだにサイレンが鳴る。

昔湘南の浜辺を散歩してた時に、地震が起こって津波警報のサイレンが鳴った以来なんだか、ラジオから流れるサイレンを聞いて、ああ、いまだにそうなんだというどこかノスタルジーに似た気分になった。
あの音を聞くとスイカが食べたくなると思っちゃう僕は平和な時代に生まれたんだ。

もし東京にミサイルが飛んできたら、あの音が鳴るのかな?

もし東京中にあの音が鳴ったら、どうすればいいか今のうちから考えておかなきゃ。

いまや電車のベルもなくなり、小粋な音楽がなっている。
蒲田駅なんか蒲田行進曲だ。
突然町中にサイレンが鳴り響いたら冷静な判断を失ってしまう人がたくさん出るだろう。
上を向いて歩こうぐらいが、慌てなくていいかもしれない。
東京中に鳴り響く上を向いて歩こう。

のんきな気分になるからまずいか。

8月9日

あの夏の日がなかったら、もっと幸せな夏になったのだろうか。
6日、9日、15日これらの日がなかったら・・・

やめよう。そんな辛い日々があったからこそ今の僕達がいるんだ。
もしこれらの日がなかったら、いまだに町中にサイレンが鳴り響いている国だったかもしれない。


来年もまた変わらぬ夏のサイレンが聞かれるように生きてくしかないな。
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by biritake | 2006-08-09 23:26