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「いの奥山今日越えて」を終えて

ご来場いただいた皆様、本当にありがとうございました。おかげさまで無事に幕を下ろすことが出来ました。
今回は本当に温かい拍手に包まれ感謝の気持ちでいっぱいです。
これからもジャムジャムプレイヤーズは、わかりやすく、夢のある作品作りを目指します。
どうぞお気軽に劇場へいらして下さい。

今回の作品について、あまり多くは語りたくはないのですが、語ります。
なぜ多くは語りたくないかと申しますと、やはり提供されてからは、作品というのはお客様のものになります。お客様の抱いたイメージを壊すような野暮な事を作者はしてはいけないのではないかと思うのです。初恋の人に年をとってから会ってはいけないのと同じようなものです。
ですからこの作品の出来たいきさつだけ語ります。

5年前この作品は新宿タイニーアリスで上演されました。ちょうどクリスマスの頃でした。
しかし作品の着想が出来たのはそこから更に1年程前になります。

仕事場に車で向うラジオのニュースがそのきっかけでした。
舞台を御覧になった方はわかると思いますが、冒頭に流れてくるラジオのニュースがその発端でした。

電車がイノシシに衝突して止まったという何のことはないニュースだったのですが、こちらに向ってきたという運転手の証言を聞いたとき僕は愕然となったのです。

なぜ、向っていく・・・

500メートル手前で警笛も鳴らしているのです。500メートルも手前で。にもかかわらず身動きもせず電車に向ってきた。
大きいわけですよ、イノシシからすりゃ、電車なんて、気の遠くなるほどでかい。そんな相手になぜ向っていったのか?しばらく僕は考え込みました。当時はイノシシのことなどよくわかりません。田舎によく出ていた恐ろしいやつだというぐらいの接点しかない奴です。
しかし、いくらイノシシでも、よけようと思えばよけられた状況の中で、向っていったやつには何か向うべき理由があるとしか僕には思えなかったのです。

それは愛だと、直感しました。

そこまでくれば物語りはどんどん広がっていきます。元々妄想癖のある男なので、意外と楽に書き上げた作品のような気がします。まあ、もう5年前なので当時の状況なんて覚えてないのですが多分そうだった気がします。

後1つ、今回の登場人物の名前に聖書の登場人物が使われているのは、当時クリスマス公演だというのもあって少しそういう宗教的なものを混ぜようと考えたからでした。

あっと、もうそろそろこの辺にしておきます。どうしても聞きたい何かありましたら劇団宛にメールください。こっそり教えます。

でも今回の公演をやって僕自身すごく気がついたことがあります。

僕はやはり物語が好きなんだと。

ナンセンスでもポエムでもなく、物語が好きなんです。
イルカさんの「雨の物語」って歌も大好きですしね。

これからはジャムジャムプヤーズ「セツコメ物語」で行きます。

かってな事をーという制作の叫びが聞こえます。
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by biritake | 2006-04-26 22:34  

完全なる物

この世の99・9パーセントは仮説だという。
いつ死ぬかもわからないこの世の中で完全を求めるとは神をも恐れぬ行為なのだ。

天に向ってつばを吐く。吐いてみた。顔にかかった。

それでも落ち着きたい何かを求めて飽くなき稽古を続けてきた。
しかしそれももう終わり。後は劇場です。
完全ではない私達が、完全ではない物語を、完全じゃない状態で演じたとき、何が生まれるのか。
殺陣のあるメンバーは一同に痩せたと人から言われるそうな。
それくらい入れ込んできた2ヶ月。
重い扉を開け、光を浴びた時に、完全なる魂がそこに生まれるのか。

まもなくです
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by biritake | 2006-04-19 22:28  

最終稽古

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最終稽古を終えた、皆です。
今日も汗だくです。
こんな姿をドンドン皆さんにお見せします。
最終稽古打上げでは、そこら中で芝居の話に花が咲きます。
飲みました。フラフラです。
やりますよー本番。
楽しみにしてくださいねー
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by biritake | 2006-04-19 01:15  

物語

先日稽古場に、制作担当の、大山一恵が子供を連れて来ました。
最初に会った時はまだ首も据わってなく、淡雪のような小さな手で、僕の人差し指を握っていたぐらいだったのです。ついこの間の事です。
それが先日、彼は見事に立ち上がっているのです。小さな足でスクっと立ち上がり、僕達の稽古を見つめています。それはまさに出番を待つベテラン俳優のようでした。
いつダメだしをされるのかとひやひやしていました、彼も言いたい事はあったでしょうが、言葉がまだ話せません。あうあうと言っていましたが、きっと、中々やるじゃないかと言っていたと思います。そう思います。
すごいなーもう立てるんだーと感心していたのもつかの間、それだけ自分は衰えているのだと気付きました。
成長というのはとてつもない爆発なんです。ついこの前まで、寝返りをうったと喜んでいた子が、自分の足で、自分の黄色い靴をはき、ジュース片手に稽古場をにらみつけているのです。なんと言うとてつもない爆発力なんでしょう。今の僕達の回りにそんな勢いで成長するものが、赤ちゃん以外にあるのでしょうか。僕は少しめまいを覚えました。

本番間近の今でも僕は役者に成長を求めます。ベストを尽くすまで出来る限りの事をしたい、そう思っています。彼らも全力でそれを目指しています。集中し世界をイメージし、その中に入ろうと努力しているところに、無遠慮な僕の寒々とした現実の言葉を浴びせ掛けられます。
そのたびに彼らは、コンマ1秒の単位で反省し、構築し、集中し、また破壊される。
しかし彼らにも成長したいという強い願望があります。昨日よりも今日、今日よりも明日。
わかるんだけどなーという世界の実現。彼らには強い願望があります。
しかも、逃げられない、言い訳の効かない舞台が間近に迫っています。いくら僕に土足で踏み込まれても彼らの心はそれを望んでいる、僕はそう思っていました。彼らもきっとそう思っていると思います。

しかし、大山一恵の息子は立ち上がった。つい最近まで、ハイハイをし、絵本を逆さに弄繰り回していた大山一恵の息子は立ち上がった!やさしく見守る母の腕の中で、バナナを食べ、着実に、爆発的に成長を続け、見事に立ち上がって見せた。
「俺を見ろ。」
彼がもし話せたらこう言うでしょう。
彼は成長とは何かを見せ付けるために、静にたたずんでいたのかもしれない。
役者の成長するという力に、添え木をし、不恰好な盆栽のようにしてしまったのは僕なのだ!
水を与え、適当に日光に当てていればいいのに・・・

が!反省なんかしない、謝りもしない、ただ、役者になにを与えるべきなのか、なにを与えるべきなのか!
本番の迫った今、再度考え直す。一番いい彼らをお見せするために。

バナナをこよなく愛する大山一恵の息子をまねて、役者にはとりあえずバナナを与えて見たいと思う。

大山一恵の息子に今度バナナを買ってあげよう。
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by biritake | 2006-04-17 23:19  

稽古場風景

トイレの大きい方に座ってるときに必ず考えてしまう事ってありませんか?
僕は必ず、サッカーをしてるときを考えてしまうんですね。理由は全然わからないんだけど、サッカーでドリブルしながらフェイントをかけてたりね、ヘディングシュートしたりしてるんです。
全然理由はわかりません。ちょっと小声で実況したりしています。全く理由はわかりません。
かといってゴールがゴールなのではないんです。ああ、まあ、その、ね、フィニッシュですよいわゆる。そのときには何も考えてないんですけどね。それはやはり、ゴールへ向う、いわゆるビルドアップなのかな、なんて思ったりしてます。普段から妄想癖のある子なんですが、ゴールへ向う緊張感のようなものが、座ったときに作用するのかな?なんて勝手に思ったりしています。僕だけですかね?こういうの。

稽古場に、価値観のぶつかる鈍い音が響いてます。
芝居にはざっくり分けて3っつの価値観があります。
役者の価値観、台本の価値観、演出の価値観
それぞれがそれぞれの世界、価値観をもってるんです。
それがぶつかり合えばぶつかり合うほどいいものが出来ると思ってるんですが、多分それは理想です。ぶつけ方もありますしね。理解を促す言葉の問題もあります。
例えば「ありがとう」という台詞があったとします。
ここには作者の思いがあり、演出の思いがあり、役者の思いがあります。
それだけでまず3っつの「ありがとう」がある。
この3っつのありがとうがあるんだというちゃんとした理解をもつことがまた難しい。
深くなると、この先にはお客様の価値観というのも出てきます。
1つの形ある作品を、それぞれの価値観と出来る事出来ない事を照らし合わせながら、混沌とした価値観を一個にまとめていきます。
稽古場に響く、価値観のぶつかり合う鈍い音の向こうには、役者のプライドがおられた音と
演出のため息の音が聞こえます。ただ1つお客様の満足のため息を聞くために。
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by biritake | 2006-04-14 00:40  

チラシです

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今回のチラシの写真です。
僕が撮ってます。
カメラはキャノンEOS-1
大好きなカメラです。ジャムのチラシ写真は全部これで撮ってます。
まったくの素人ですが、ファインダー越しにもこれきてるなーと思う瞬間があります。
そういう写真は大概オーケーです。

編集はうちのメインデザイナー坂内麗子が絶妙のデザインを写真に施してくれます。
チラシ全体のデザインも坂内がやってくれます。
劇団員一同坂内のその才能には脱帽です。こっちで喰ってけばと言っているのですがかたくなに拒みます。「ジャムだから出来るんですよ。」
そうだねうん。僕の写真もやはり劇団員だから撮れるんです。

タイトルは「いの奥山今日越えて」
これはわかる人はわかると思うのですが、いろは歌の一節をとっています。
しかし本当は「有為の奥山今日越えて」なんです。
意味は
*仏教的な世界観では万物は何らかの原因があってこの世に存在している。「有為」とは原因があることを示す語だが、ここでは、原因があって存在している万物を意味している。万物で満たされたこの世を一日生きることを山を越えることにたとえて、このように表現している。

だそうです。

ひらがなで書くと「うゐのおくやまけふこえて」となります。
しかしなにを隠そうこの私はこれを「いのおくやまけふこえて」だと高校生ぐらいまで思っていたんです。しかも、いの、は本当にイノシシのことだと思ってたんですね。
イノシシが暮らしているような深い山奥を越えてぐらいの意味だと思っていたんです。
それを元に書いたのですが本当の意味を知ったとき愕然としました。テーマが似ていることに・・・。

それを確かめる為にも是非観に来てくださいね。
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by biritake | 2006-04-12 22:32  

後2週間・・・

来ました。稽古場が段々すさんできました。なぜか役者が埃っぽい。
疲れと期待と恐れが役者から油分を取り除いていきます。
まるで安いかつらのように、髪の毛に艶がなくなってきます。
しかし目は光を放っている。
これは2週間前としては最高の状態です。
やはり不安や緊張がなければいいものは作れません。

この芝居には殺陣があります。タテと読みます。いわゆるチャンバラってやつです。
今回は、無銘鍛冶の福田勝利さんにその指導を御願いしました。
福田さんの素晴らしい指導によりめきめき殺陣が迫力を帯びてきます。
木刀を牙と見立てチャンバラをするのですが、木刀の振り方一つ一つに意味をもたせる福田さんの指導を見ていると、やはり殺陣も芝居なのだと改めて気付かせてもらっています。
やさしい目の奥が時折鋭く光る時は、危険な殺陣をしたときです。そのときは容赦なく殺陣の恐さを身をもって味あわせてくれます。やはり限られたスペースで木刀をすばやく振り回しながら駆け回るため、いろんなルールがあります。考えてみて下さい、舞台にあがって照明を浴びた役者が木刀を振り回すわけですから。3歳児に拳銃を持たすようなものです。いかにけがをしないで、それでも大きく、そして早く見せるためにはまずそのルールを叩き込まなければなりません。
その時期ももう終わり、役者の持つ木刀に血が通いだしました。
観ているこちらも血が騒ぎます。殺陣をやる役者は決まっているのですが、いつのまにか全員自分の木刀を持つようになりました。血が騒ぐんです。
この思いが観ている人たちに届くよう、息を荒げ、今日も木剣が稽古場に舞います。

*これからなるべく日記をアップしていきますので見てやってください。
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by biritake | 2006-04-11 00:44