<   2005年 05月 ( 9 )   > この月の画像一覧

 

日々の暮らし

たまに日曜日の昼間、テレビでやってる海外のマジック番組が好きです。
突然消えたり、トラにされたりするブロンド美女が、とても気になります。
あれは、やはりそれ専門の美女たちなのではなかろうか。マジシャンが変わっても同じブロンド美女が出てきた事があった。やっぱりあれネタは知ってるはずだから、きっとそういう事務所があって各マジシャンお気に入りのブロンド美女がいるんでしょうな。
しかし、マジシャンはブロンド美女がお好きですな。うん
ピンチに立たされるブロンド美女ってのがいいのかな。
ピンチに立たされる秋田小町って言われてもやっぱりぴんとこないもんな。
秋田小町がピンチにたたされても、人なつっこい笑顔でなんとか乗り切りそうだもんな。
やっぱりブロンド美女はピンチが似合うから。
ブロンド美女がトラに!なんてなんかちょっと軽いトラつながりみたいなとこあるけど、京美人がトラに!なんて言ってもあまりぴんとこないもんね。京美人がウサギに!?じゃ絵的に弱いしな。京美人が浪速の商人に!じゃ、金曜ドラマバラエティみたいだしな。京美人がはんなりに!?うーん、やっぱりブロンドだよな。

スペースシャトルを消してみたりね、すごいですよ。本当に規模がでかい。
子供の頃、引田天功にすごいドキドキして、まあ大人になって何となく種がわかってなぁーんだってなるんだけど、それを越えても、やはり見世物として面白い。スペースシャトルを消すって企画書出して、それに嘘か本当かNASAの関係者みたいな人なんかが出てきてきっちりその企画に乗っかって、皆ですげーって盛り上がれる幸せを少し日本人にも分けてください。
消しましょうよ日本もH2ロケット。都庁消そうよ。また見たいよ大脱出。大人たちのためでなく、子供達の為に作ってくださいよ。そうしたら僕ロケット関係者役でもなんでもやりますよ。
子供の時のほんの一時期でも本気で信じられる夢のあるテレビ番組を子供達の為に作りましょうよ、そんな芸能人の暴露ばっかりしてないでさ
[PR]

by biritake | 2005-05-30 22:43  

先日

b0036843_2232598.jpg

b0036843_22325913.jpg


ええ、映りが悪いのですが、これは先日、とあるバンドのイベントで、MCを勤めました、ベイサイドと勝木です。下の写真なんか、夏の終わりのハーモニーでもハモっているかのようなコンビネーション写真ですが、ちょうどベイサイドがなんか言ってるところを、勝木が鋭く突っ込んでるようなところです。5バンドぐらい出てくるイベントで、バンドさんの準備の間につなぐMCを彼らは必死で勤めている所です。準備に10分~15分。その間しゃべり続けるのですから、後半はネタがなくなります。ベイサイドなんかは軽く白目をむいてました。何でしゃべらなあかんねんとでもいいたげな薄ら笑いを浮かべていました。

印象的だったのは、今度7月に同じようなMCをともにする貝原が、まるで旅の途中にふらっと迷い込んだ演歌歌手のようにライブを見つめていた事です。手にはオールドパー。

7月はどうなる事やら。
[PR]

by biritake | 2005-05-25 22:32  

総括

総括・・・浅間山荘事件や連合赤軍リンチ殺人事件などにちょっと興味のある僕は、次に進む為あえてこの言葉を使い、池袋モンパルナスを締めくくりたいと思います。
読めば読むほど、リンチで殺された方々のかたくななまでに純粋な情熱に激しく打たれます。と同時に僕はなにをやってるのだろうと。
総括には遠く及ばないかもしれませんが、僕の中の気持ちの整理の為に、先ほど上演された池袋モンパルナスについて僕がなにを言いたかったか、断片になってしまうかもしれませんが語ります。

まず1つは、歴史認識に関してです。歴史という事実、過去にあった事実をどれだけ実感としてとらえられるか。
この物語には、箱が出てきます。御覧になった方はわかると思いますが、箱がとっても重要な役割をします。ラストのところで記憶をなくした向坂が「この箱捨ててもいいですか?」と大家さんに聞くシーンがありました。過去と未来をつなぐ意味でも重要なアイテムであった箱を無残にも捨てようとする。まあもちろん記憶を無くしてしまったのだから仕方がないのですが、あそこに僕は歴史認識をこめました。御覧になった方々にとってあの箱には思い入れがあります。その箱の持つ意味もわかります。いわば遺産なんですね。それを記憶をなくしてしまった向坂は捨てるという。向坂にとってそれは汚い箱以外の何物でもないからです。過去の住民となってしまったお客さま方は汚い箱だからという理由、自分にとって必要のないものだという理由で捨ててしまう現代の向坂をひどい人だと思うのかもしれません。しかしそれは致し方のないものです。彼にとっては必要のないものだから。そうやって僕たちは今を生きてます。そんな僕達の今も、やがて真新しいビルの中に埋もれてしまうのです。これは歴史が示してきた事実なんです。
僕はそのことをはっきりと認識した上で、生きて行って欲しいというメッセージをこの作品にこめました。現代をあまりにせつな的に生きている人たちに対して、知らずのうちに受け継がれていく魂もあるのだということを、感じて欲しかった。様々な人間達の激しい思いの歴史の中に僕たちは埋もれているんだってことを感じて欲しかった。僕は、僕の作品も僕が死ねば風化し、粉々になり、誰の記憶の中にも残らないだろうと言う事を知っています。ただ、僕がこの作品や、様々な作品にこめた思いは、人々の理解の外に焼きついていくのだと信じています。
なくなられた偉大な先人達に、手を合わせ、花を供えることは簡単です。でも僕はそんな先人達の思いを感じたかった。戦争という逃げられない環境の中で、夢を追い続ける事とはなんであろう。それを感じたかった。
今回初めてお芝居を見たという人もいました。そんな方達にお芝居というものの存在に気づいてもらっただけでも、僕は幸せです。

今思う池袋モンパルナスの小さな総括です。これ以上書くときりがないのでこの辺で。
[PR]

by biritake | 2005-05-16 23:53  

教えて

少し知り合いぐらいの、まあちょっと会話を交わすぐらいの人と話しているときに相手の鼻から鼻くそが出てて、言いたくてもいえない距離感に会話のテンションがさがってしまう今日この頃です。
人との関係性の距離を試す為には、少し鼻くそまたは鼻毛を出してみる事をお勧めします。
その人としばらくの間話していなければいけないとき、その息詰まるような時間を解消するためにどうすればいいか。
1つの方法論として、相手の顔を見て話さないというのがあります。気になるのだから見なければいい。しかしこれは事なかれ主義すぎて何の解決にもならない。自分の徳が下がります。
下がったって、まあ、あまり親しい人ではないので徳が下がったっていいやという考えのあなたはマイウェイ主義
2つ目はそれとなく自分の鼻を触って、あなたも触ってみてと促す。人の行動は相手にうつるものです。あくびなんかがいい例ですね。これは相手に自分の行動を見てもらう必要があります。タイミングが全ての技です。注意しなければならないのはどれぐらいの行動で示すかという事です。本気で鼻に指を入れてしまっては逆効果。鼻くそを出してる相手に、変なやつだと思われてしまう。これだけは絶対に避けたいですね。お前が言うなよという突っ込みで心は張り裂けんばかりになってしまう。さりげなく相手に物事を伝えたいあなたは、看板のない名料亭の美人おかみ主義。
3っつ目は言葉で促す。それとなく鼻くそや鼻毛の話題をふってみる。
「最近さーどうも鼻毛ののびが早くてねー。」や
「ああ、なんか鼻がむずむずするなー。」とか
大事なのはその話題が落ち着くか、またはその中間にでも相手から視線を外し、行動を起こすチャンスを与えてあげる事。何か他の事が気になってる風を装い視線を外す。ただし視線を戻した時に、現状が何も変わってなくても、決して驚いた顔や、失望の顔は見せないこと。
「くそっ」なんてもってのほかです。言葉で遠まわしに相手のミスを誘導するあなたは、みのもんた主義。
最後の手段としては実力行使です。もちろん直接「あの、あまり大きな声ではいえないんだけどこのまま言わないのもなんか他人行儀な感じがするから思い切って言うけど・・・鼻くそぶら下がってる。」といいのけてしまうのも手でしょう。しかしこれはかなりの勇気と言い方を選ばなければならないというプレッシャーがあります。中々疲れきってる現代人にこれは難しいところでしょう。言葉ではなく、ため息をつくフリをして「フゥー。」などと言って吹き飛ばすという方法もあります。これもやはりシビアなタイミングと強弱が必要です。「ふぁー」などとのびをするフリをして叩き落すという手もありますが、これはますます高度なテクニックが必要となります。もとより、鼻毛の場合はかなり困難になるでしょう。相手の鼻の穴に偶然指が入ることなど、長い人生の中でそうそうあることではありません。困難に対して直接的に臨むアナタは、青島刑事主義。
アナタならどうします?
[PR]

by biritake | 2005-05-14 00:51  

Far From Heaven

「エデンより彼方に」という映画を観た。
ビデオなので覗いたぐらいだろう。
いい映画だった。とても好きだ。
淡々と流れる日常を実にリズミカルに描いていく。
ほら、幸せな映画ってとっても不安になるでしょ、観てて、ああーやめてー壊れるんだよなーどうせこれ、いやだなーいやな壊れ方しなきゃいいけどなーって思うじゃない。この映画はそこの感情を、音楽でうまくさらってるんですよ、きっとそうですよ。
あんまり映画評とかしたくないんだけど、まあ、嘘みたいに色使いの綺麗な映画でした。
結局幸せなんて、あまりにも不確実で、不安定の中にあるんだってことを思わせてくれるんだけど、不思議と、壊れていく幸せがいやじゃない映画なんだよ。
これはなんだと考えたら、愛なんですよね、愛。どっちにしてもいろんな愛に包まれてるんですな。
憎しみがないんだ。ねたんだり、中傷したり、差別したりがあるんだけど憎しみがない。そこだ!そこです。
主人公のジュリアン・ムーアーさん、これが少し松坂慶子に似てるんだけど、とっても心地のよい声の持ち主で、また芝居も本当に、なんだろなーいい!彼女のなんだか不安定感っていうのかな、嘘みたいなメークと髪型が、なんとも日常から逸脱した感じがあるんだけど、抑えた演技と、うちにひめたる情熱が、その、いでたちとこう、絶妙のバランスで、素晴らしくいい女優だ。

小さなことなんだよなすべて、しかしそこに全てがある。そこを皆懸命に生きてる、懸命に生きるには愛が必要なんですよ、どうですかみなさん。

タイトルの所に書いた原題の方が絶対にいいと思える、人間を見つめたいい映画でした。

さ、もう一本ビール飲むか!

こんな感じだけどいい映画観たら書きなぐろ。
[PR]

by biritake | 2005-05-12 00:14  

昔の話

テレビで、アメリカの美人女優が人生はジェットコースターのようなもんだと言っておりました。
僕の人生はデパートの屋上などによくある子供用のパンダの乗り物のようなものですよとテレビに話し掛けてしまった。ああ、話し掛けてしまった。

ああ、本を3冊も買ってしまった。お金もないのに。でもものすごい幸せな気分です。本屋に入ったら止まらなくなってしまった。しょうがない。服買うのあきらめよ。

最近昔の事を思い出す。大阪にいた頃、梅田の地下アーケードの出口の側で年末ジャンボの警備員のバイトをしてた時、山田のおっちゃんという家のないおじさんと知り合った。
警備服を着て立っていると、何やかんやと大声で話し掛けてくるおじさんは、警備員の間では嫌われていた。みんな大概無視していたのだが、なんか少し可愛そうに思った心やさしい王子様のような僕は「おっちゃんなにして食べてんのん?」と話し掛けた。さあ、大変。それから20分おじさんは大声で僕に話し掛け続けた。半分以上何を言ってるのかわからなかったのだが、通りすがる人たちの目には、僕が絡まれてると映っただろう。そのことが恥ずかしくて僕はなるべく愛想よく、しかし警備員らしく応対をして見せた。潤んだ目と、ほとんどない黄ばんだ歯を見せて大声でしゃべるオッちゃんは、普段拾いやというダンボールを集める仕事をしている事、それによって1日200円をもらってる事、時には仕事先から与えられてるぐちゃぐちゃの自分の昼ごはんまで見せにきてくれた。それでも少々わずらわしくなってきた心やさしい僕は、「おっちゃんなんでそんなんなってもうたん?」と単刀直入に聞いた。「博打や、バクチ。息子からも縁切られてもうた。」といたって素直に話してくれた。「やめられへんかったんか?」若い僕はあまりにも若い言葉を吐いた「やめられへんかったなー。」明るく答えたオッちゃん。さすがの若い青い果実な僕も「後悔してないのん?」とは聞けなかった。
それからも警備場所の配置が移っても僕を見かけると大声で話し掛けていたおっちゃんだったが、少し気を使い出したのか、雇い主におこられるのか、あまり長い時間は話さなくなった。

やがて暮れも押し迫り、最後の仕事を終え、仲間と帰る道すがら地下から昇ってきた山田のおっちゃんと出会った。けれど山田のおっちゃんは私服に着替えた僕のことに気づかず、誰かを探しているようだった。なぜか声をかけられなかった僕は気づかないふりをして、友達と真っ直ぐ駅に向かった。一瞬僕の声を聞いて、気づいた風だったけど僕はそ知らぬふりで通り過ぎた。しばらくあるき振り返ると、寒空の広がる大阪の町でおっちゃんの黒い影がたたずんでいた。その姿は誰かを探しているようだった。「死ぬなよおっちゃん。」心の中で僕はつぶやいた。
[PR]

by biritake | 2005-05-10 00:25  

退屈ジーダボー

激しい日々を越え、ポカーンと開いたジーダボー(GW)こんなにも自分に趣味がないことに激しく気づいた。気が付いたら年老いた犬のように横になり、流れる雲を眺めている。
ああ、今風吹いたなー新緑の生々しい風だなー、吹いたなー風。下の部屋のベランダから突き出たこいのぼりの風車が回ってる。子どもが泣いてるなー。泣いてるよ、うん。
だめだなーこのままだめになるな。だめになったらどうするんだろなー、だめだなーって思いながら泣くのかな。ああ、また子どもが泣いてるな。溶けてきたら面白いのにな、このままだめになって溶けて下の階にしみていくの、下の階の子供の前にぽたぽた落ちて、泣いてる子だーれだー!なんて言うの。説得力ねぇー。でも溶けてるからそのまままた下の階にしみてって、大きくなれよーなんて言いながらドンドンしみてって、こんな風になっちゃだめだぞーなんて説教じみたこといいながら、ちょっと救われるの。まだ泣いてるよ、子どもが。

しばしの休息

何も考えない、未来も過去も。今をただ漂う不安。そもそもの自分なんてこんなもんだと気づく。溶けて染み出したどり着く先など考えない。
出来れば海がいいと思ってるうちは、まだ退屈を知らないんだろう。
[PR]

by biritake | 2005-05-05 23:02  

池袋モンパルナスゆかりの地

b0036843_1924980.jpg

b0036843_1924986.jpg

b0036843_192492.jpg

ここはですね、芝居をご覧になった方はわかるでしょうが、気障なキネマ俳優、井戸けい太がいたとされた培風寮跡地なんですね。あまりにも天気がよくって、家からもさほど距離がないので、池袋モンパルナスそぞろ歩きをしていたら見つけました。残念ながら唯一の収穫だったけど嬉しかったなー。貼り紙です、これ。
[PR]

by biritake | 2005-05-04 19:24  

ここまできた

先日行われた「池袋モンパルナス」の劇場台本が製本されました。
生まれてはじめての製本です。
めちゃくちゃ嬉しい。
名前は出せませんが、製本に携わってくれた、長田さんの知り合いの方、この場を借りまして厚く御礼申し上げます。
日曜日に仕上がったので、金曜日と土曜日にご来場の方にはお見せできなかったのですが、
ネットでも販売する予定ですので、興味のある方はぜひ。

私は生まれる前からのものぐさ男なので、普段役者たちに渡す台本は、A4の紙に縦書きで書きなぐったものなので、綺麗に製本された台本を見ると自分の作品じゃない気がします。
一部の役者はこのA4の台本を半分に折り、綺麗に張り合わせ、1冊の本にしています。
表紙にチラシの切り抜きなんかはって、とても綺麗に出来ているので、何度もちょうだいと言っているのですが中々くれませんでした。
私は台本を綴じることすらしません。公演中のだめだしは、ばらばらの台本のうらに書きなぐっていました。
こういうのは性格なのか、環境なのか。

確かに小さい頃からおもちゃは自然に片付くものだと思っていました。
例え散らかっていても、私の中では何処に何があるのか整理できているので、理論的には片付いていることになるわけです。たまに自然に片付かず、怒鳴られます。そうするとそそくさと片付けるのですが、そうすると何が何処に行ったのかさっぱりわからなくなってしまうのです。
だから片付けたくないんだ!と主張しても、もちろん聞き入れてはもらえません。
これは何だと考えました。
最近は大人になったせいもあるのですが、少しはカターシー(片付ける人)になってはきているのですが、片付けながらわかったんです。
ああ、これは思い出なんだと。

ひとしきりおもちゃで遊んだ後、まあ遊んでいる時、次への興味が移って今まで遊んだおもちゃをほったらかします。そのうちそれも飽きて次へいきを繰り返していると段々散らかります。
ふと気づくとそこには、さっきまで遊んでいたおもちゃが、お別れしたままの姿で転がっているんです、その姿を見て、「ああ、そういえばさっきまでこのぬいぐるみと激しくプロレスごっこしてたなー、楽しかったなー」とか「いいホームランだったな、野球盤の外まで飛んでいったもんナー」とか、様々な思い出がそのままの形で残っているんです。
そうです、お別れできないんです。
片付けってサヨナラじゃないですか。今まで生きてたあのぬいぐるみが、ただのぬいぐるみになってしまうんです。バックドロップを決めた後のぬいぐるみが、復讐に燃えるようにその場で次のチャンスを待っているんです。それを、その思いを、ぬいぐるみだからとむげに片付けてしまっていいんでしょうか、どうですかお母さん!あいつは、あいつはぬいぐるみじゃないんですよおかあさん、生きてるんです!片付けるなんて、カタをつけるなんて・・・僕には出来ません。

聞き入れてもらえず、所定の場所にぬいぐるみを戻した時に、彼はいいました
「気にすんな。」

芝居も終わり全ての荷物を片付けている時にふと思いついたことでした。
[PR]

by biritake | 2005-05-03 22:55