煩悩の犬を追え

とにかく久しぶりです

パソコンが壊れてしまい買うこともできず、踏んだりけったり貧乏金なしという当たり前のことに気づかされる日々、皆様いかがお過ごしでしょうか。

先日2年ぶりの本公演「煩悩の犬」が無事に終幕し、ほっと胸をなでおろした隙に、なれない漫画喫茶で書き込みをしております。

今回の公演の前に2年のブランクがありました。もっとも僕はその間に短い作品ではありますが、ジャムジャムホリデーとブラックジャムジャムのために3本の台本を書いていたわけで、休みとはいえない日々をすごしていたのですが、なにぶんどちらのユニットも登場人物が少なく、また時間も短い作品のため、取り立てて苦もなく書き上げたので、まあ大丈夫だろうぐらいの気持ちで、本公演の執筆にはいったのですが、これがまた苦労の連続で、6階以上の建物に上がった際は何度ここから飛び降りたらさぞ楽になるだろうと思ったか知れません。

自宅では2度発狂しそうになりました。

この発狂がまたどこか自分を落ち着かせてくれるんですね。大声をだして、クッションなんかに噛み付いてみたのですが、落ち着いてくると自然と笑えてくる。まだまだ僕も廃人にはほどと多いようです。

さて、そんなこんなで書き上げたこの「煩悩の犬」ですが、結論から言うと僕にとっては本当に勉強になり、また次へのステップになる作品になりました。

作者があまり作品の内容に関してつらつら書くのは、みていただいたお客様の想像力の妨げになるのであえては語りませんが、今回こだわったのは、生身の人間の声であるということでした。

表現の世界にはさまざまな手段があります、音楽や、踊りやいろいろある中で、僕ら演劇ができることというのは、生身の人間がその場で声を発するということだと思うのです。

さまざまな感情がこめられた声を、生身の人間ののどを通して、生で皆様にお届けすること。これに尽きる気がします。

日々人は変わっていて、いろんな体調その他もあると思うのですが、その中でも自分の心の中に確かにある想いというのは変わらない、ならばそれをそのまま表現してみようじゃないのというのが、最初の狙いでした。

だれの心にもある煩悩をさらけ出し、心の声を試してみようとおもったのでした。

役者は悩みます。稽古途中、だめだしをするのですが、自分がだめを出されているのか、役がだめを出されているのかわからなくなる役者もいて、基本、みんな自分のことが一番わからないというのが、今回の大きな発見でもありました。

そんな風に心を見つめ、さらけ出すことによって生じる痛みの向こうには、深い共感と、一人じゃない暖かさが伝わるものなのだと感じられる公演になりました。

かくいう僕もその痛みと暖かさを感じている張本人であります。

2年ぶりの本公演。新たな旅立ちをするならば、すべてを脱ぎ捨てる勇気が必要なのではないのか、そう考えました。

これからも新たな芝居を模索しつつ、人を見つめ続けたいと思います。

すでに次回公演の構想もちらほらりありますので、今後ともぜひ応援よろしくお願いします。
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by biritake | 2009-06-06 17:09  

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